日本で長時間労働が生じてしまう理由と背景、6つ
世界でもトップレベルの長時間労働がはびこり、過労やそこからの自殺・過労死も少なくない日本。そのような悪質な労働環境が生み出される背景には、一体、何があるのでしょうか。
①:規制導入の背景;日本の長労働環境
・80年代から取り沙汰されるようになった「過労」
過労死は、1980年代後半から社会的に大きく注目され始めるようになった。
・80年代からの過労死に関する動き
- 1988年6月:過労死に関する電話相談窓口「過労死110番」⇒1年間で1000件の相談件数
- 1988年10月:過労死弁護団全国連絡会議」が結成
- 1991年11月「過労死を考える家族の会」が結成
・労働時間は見かけ上減っているが、正社員に限れば、ここ25年ほど高止まりしたまま
はたらくひと全体の労働時間の推移を見ると、これは減っているのがわかる。
しかしこれはパート・アルバイトで働く人が増えたことによる「統計の錯覚」であり、正社員労働者に限れば、労働時間はここ25年ほど高止まりしたままにある。むしろ、週休2日制が実現したため平日の労働時間は増えている。
・図1:労働者の総実労働時間の推移(パ-トタイム労働者を含む)
・図2:一般労働者、パート労働者、パート労働者の比率の推移
・一般労働者の年間労働時間の推移…青い線
・パート労働者の年間労働時間の推移…赤い線
・パート労働者の比率の推移…棒グラフ
・図3:世界各国との労働時間比較
この図における日本のグラフは、パート・アルバイトで働く人を含めた「統計の錯覚」によるグラフであることに注意が必要
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②:「過労死ライン」の残業80時間超え、企業の2割超
厚生労働省の調査によれば、1カ月の残業が最も長かった月での、残業時間が「過労死ライン」である80時間を超えた企業は、22.7%。
(調査は約1万社を対象に15年12月~16年1月に実施。回答数1743社)
注:過労死ライン…健康への障害を引き起こすリスクが高まる残業時間。80時間が目安。この過労死ラインを超えた時間外労働を行っていた場合、自殺や病気などによる不幸の際、過労死との因果関係が労働災害の認定において認められる。
・図4:残業時間が最も長かった月での、正社員が残業をした時間の比率(業種別)
・残業時間の多い職種
図を見るに、とりわけ「情報通信業(44.4%)」「学術研究・専門・技術サービス業(40.5%)」といった業種で多い。
③:経済学者による、日本で長時間労働・過労が起こる原因の説明
労働時間の経済分析』は実証分析をもとに、日本で長時間労働がはびこる理由を次のように説明している。
『- 日本の労働環境では、企業側に正社員を雇ったり教育することへのコストがかかる。職業教育は企業側でOJTで行われることが多く、大学で職業教育がなされることはほとんどない(特に文系)。
- 正社員の解雇もしづらい(解雇規制が強い)
- そのため、日々需要が変動し仕事量が変わる目の前の労務に対し「人を多く雇って対応しよう」というよりは、むしろ「忙しい時期は、今いる正社員をこき使って対応しよう」というインセンティブが企業側(雇用主側)に働く
- 結果として長時間労働になる
- 同時に、効率性よりも長時間労働が評価されるような職場の雰囲気が生み出される⇒当然生産性は低い
著者たちは日本の労働環境について、「効率的に非効率なことをしている」と表現する。
ただこの「長時間労働」、メリットがないわけではない。
例えばそれは、
「絶えず増減し変わる需要量に対応しながらの、正規雇用者・正規社員の雇用維持」
があげられる。現に日本の失業率は他国に比べてきわめて低い。
他方ヨーロッパでは若年労働者の失業率が20%を超えている国が珍しくない(例えばフランス、イタリア、スペインなど)。イギリスも若年失業率は10%を超えているし、ヨーロッパの経済勝ち組であるドイツでも10%前後と高い率となっている※1。が、周知の通り日本ではそのようなことは無い。
そして、これ(正社員の雇用維持)があったため、歴史的に見て日本の労働組合は長時間労働の是正も訴えてこなかった経緯がある(雇用維持と長労働時間のバーター)。
④:社会学者が説明する「大学教育の歪みが引き起こす長時間労働」
上記説明において、そもそもの端緒は「日本の労働環境での、莫大にかかる正社員雇用コスト・教育コスト」が遠因だった。
では、なぜそのようなことが起こるのか。
その答えの一つとしては、労働法学者の濱口桂一郎氏や教育社会学者の本田由紀氏らによる説明が分かりやすい。
本田氏らによれば、日本の教育状況では
「大学教育で教養教育が中心となり実学が軽視され全く行われない。その結果、職業教育が企業側に丸抱えになってしまう(特に文系)」
ことが生じているという。
⑤:「残業時間規制案」の特徴
安倍首相が議長を務める「はたらき方改革実現会議」が定め、2018年6月に成立した「残業時間規制案」の特徴は次の通り。
- 年間の残業時間上限は「720時間(月平均60時間)」
- 極めて忙しい1か月の上限は「100時間未満」
- 特に忙しい時期は、「2~6か月平均で月80時間」が上限
- 原則的上限としては、労使合意による36(サブロク)協定にもとづき「月45時間・年360時間」
- 月45時間の残業時間を超えていいのは6か月まで
⑥:「残業時間100時間」の問題点
厚労省は過労死の危険が高まるラインを「月45時間」としている。
が、それを踏まえると「残業時間規制案」における100時間残業規制の問題点が見えてくる。
ポイントは次の通り。
- 「残業時間規制案」では、月に100時間までの残業なら認められる(最も忙しい時期での話)
- それゆえ、健康へのリスクが高まる「過労死ライン」、月80時間を超える残業が許されてしまう
- そもそも2001年の厚労省による通達「脳・心臓疾患の認定基準の改正について」では、過労死の危険が高まるラインを「月45時間」としていた
- また1998年の労働大臣告示「時間外労働の限度に関する基準」でも、「残業週15時間、月45時間、年360時間以内が望ましい」としている
今回の「残業時間100時間未満」の話は、厚労省通達や労働大臣告示から大きく後退したと言わざるを得ないだろう。
註:
1.ユーロ統計局2018年6月のデータ
参考文献
朝日新聞『残業上限「月100時間未満」 首相が「裁定」』2017年3月13日
厚生労働省ホームページ『脳・心臓疾患の認定基準の改正について』
厚生労働省ホームページ『時間外労働の 限度に関する基準』
厚生労働省「平成28年度 毎月勤労統計調査」
労働時間の経済分析』日本経済新聞社、2014年
『
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