なぜアトランタやベルリンは水道を公営に戻したのか。水道民営化のデメリットと欠点

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なぜアトランタやベルリンは水道を公営に戻したのか。水道民営化のデメリットと欠点

 

今国会での水道法改正においては、「コンセッション方式」による水道運営の導入が盛られました。コンセッション方式とは、高速道路、空港、上下水道などの料金徴収を伴う公共施設などについて、施設の所有権は公にある程度残したまま、運営を民間事業者が行うという形。

例えば、2014年6月での「民間資金等活用事業推進会議」では、このコンセッション形式による政府目標として、2014~16年度に水道6件、下水道6件の数値目標が示されました(現在のところゼロ件)。

また麻生副総理は、米ワシントンD.Cに本拠を構えるシンクタンク「CSIS(米戦略国際問題研究所)」での2013年講演において、次のように発言しています。

「たとえば世界中ほとんどの国ではプライベートの会社が水道を運営しておられますが、日本では内務省・自治省以外ではこの水道を扱うことはできません。

しかし水道の料金を回収する、99.999%というようなシステムを持っている国は、日本の水道会社以外にありません。この水道は現在、全て国営もしくは市営・町営で出来ていて、こういったものをすべて、民営化します。

いわゆる公設民営化というのが、アイディアとしてあがって来ている。」

 

麻生副総理にして、まるでバラ色の未来のように語られる「水道民営化」。しかし実際のケースを見てみると、事態はそう簡単なものではないようです。

 

水道民営化のあと、再び公営化に戻った都市

現在、いったん水道民営化がなされたあとで再び公営事業体による運営に戻る、すなわち「再公営化」が世界各地で起きています

世界の水道民営化を調査・公開する機関PSIRU(公共サービスリサーチ連合)によれば、2000年~2015年3月末までの期間において、235の民営化された水道事業が再公営化されました。対象国は世界37か国にわたり、しかもこの再公営化の件数は年々増加する傾向にあります。

・水道事業再公営化の流れが起きている

出典:PSIRU「世界的趨勢になった水道事業の再公営化」

 

・国別;アメリカ、フランスなどで多い

出典:同上

 

この再公営化の中には、先進国のケースも少なくありません。一例としては、次の通り。

 

・アメリカ:アトランタ市

財政危機に陥った米ジョージア州アトランタ市は1998年、運営・管理などの経営全般を委託する契約(O&M方式)をユナイテッド・ウォーター・リソース社(スエズ子会社)との間で結んだ。

この契約により、当初は年間約 21.4億のコスト削減になったものの、配水疎外、泥水の地上噴出、水道水への異物混入、汚濁、料金の急上昇などといった問題が噴出。結局、市は契約を解約し2003年に市直営に戻している。

 

・アメリカ:フロリダ州リー郡

フロリダ州のリー郡では、1995年にセブン・トレント社とO&M方式による水道事業民営化を行なった。

公共体の所有権や資本投資はそのままに、民間側が運営・維持のみを行なうO&M方式は、アメリカの水道民営化事業で最も多い契約方式となっている。

しかし本件の場合、従業員(元・公務員)の多数解雇によるサービス低下、メンテナンス軽視による施設老朽化(修繕すべき設備をそのまま放置し、結果、設備そのものが使えなくなる事例が多々あった)による、水質低下が発生。

O&M方式は市側が投資を行う契約方式なため、期待したほどは経費圧縮効果もなく、結局2000年、リー郡は再び公営に戻している。

 

・アメリカ:インディアナポリス市

2002年の民営化後、事業を請けた民間会社が安全対策を怠ったため、水質の低下が起きた。住民はそのままでは水が飲めず、沸騰水を飲まなくてはならなくなった

連邦大陪審も巻き込んだ大騒動となる中、会社側は事業から撤退すると市当局を脅し、同社の損失を埋め合わせるため、インディアナポリス市側に年間190万ドルの追加支払いを約束させた。

最終的に、20年の契約期間を10年に短くするため、市側は2900万ドル(32億6000万円)の違約金を支払うことになった

 

・フランス:パリ市

パリ市は1960年代に民営化を開始。その後、80年代になってシラク市長(その後、大統領)の下で本格的に民営化がなされる。が、2010年1月から市営公社に運営を戻すことに。

同市は再公営化の理由として、民間事業者による設備更新の滞り、漏水などの給水効率の低下、水道料金の2.25倍もの急上昇などが起きたことを挙げている。なお2010年の再公営化後は、8%の料金値下げとなった。

 

・フランス:グルノーブル市

1989年に結ばれたリース契約の結果、グルノーブル市では水道料金が約2倍になった。加えて水道事業者と市議会議員との間で汚職も起きている

これらの件が市民の強い反発を受け、2000年に市営に戻された。

フランスの水道民営化は18世紀からと歴史が古く、現在、同国の水道事業のうち70%が民間事業者だが、このグルノーブルの件以来、フランスでは水道事業再公営化の流れが起きている。

 

・ドイツ:ベルリン市

ベルリンでは業務の効率化と負債の緩和を目的として1999年、水道公社の株式49.9%を大手電気事業者のRWEと大手水道事業会社のヴェオリアに売却する形での部分的な民営化が行われた。

この民営化においてひときわ批判を浴びたのは、「透明性を確保しないままに契約を締結したこと」。のちに公開された契約内容においては、一定の利益を28年もの間、RWEとヴェオリアに支払うことが保証されていた

そしてこの契約により、水道料金の値上げや雇用の喪失、インフラ投資の低減といったことが顕在化。

結局、ベルリン市は RWE と ヴェオリア から株式を計12億5000万ユーロ(およそ1500億円)近い額で買い戻し、2013 年に再公営化を行っている。

買い戻しに要した費用は、今後30年の水道料金に上乗せされる。市民の負担は計り知れない。

なおヴェオリア(仏)は世界ナンバーワンの民間水道会社。大手メーカーだから安心というわけでは、必ずしも無い模様。

・主な民間水道会社(2012年)

順位 企業 本社所在地 供給人口 自国内供給比率(%)
1 ヴェオリア フランス 1億3130万人 18
2 スエズ エンバイオロメント フランス 1億1740万人 10
3 北京エンタープライズ 中国 2850万人 100
4 FCC スペイン 2830万人 46
5 Sabesp ブラジル 2710万人 100

出典:三井物産戦略研究所「水道サービス産業の世界動向」2015年

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そのほか、ブエノスアイレス、トゥクマン(ともにアルゼンチン)、ダルエスサラーム(タンザニア)、といった発展途上国の各都市でも再公営化が起きています。

 

水道民営化のデメリット

また水道民営化のデメリットに関しては、具体的なものとして次のものが挙げられます。

 

①:水道価格の上昇

例えば長期間の事業期間終了まで民間企業側が所有権を持つ「BOT契約」方式や、権利そのものを譲渡する「コンセッション契約」方式の場合、民間側に裁量権が大きいため営利主義になりやすく、水道価格の上昇が起こりやすい。フランスや発展途上国でよくみられるケース。

なお日本が水道民営化で目指しているのは、この「コンセッション契約」であり、他人ごとではない。

 

②:設備の維持・管理・更新等の怠慢化とサービスの劣悪化

どうしても利益最優先となるため、設備のメンテナンス業務が軽視されやすい

例えば先述したアメリカのフロリダ州リー郡のケースでは、コストカットにより、元の60%以上の大幅な人員削減(170人の従業員が60人に)が起きた。結果、老朽化施設の設備更新が不可能になっている。

 

③:緊急事態に弱い

公共機関から民間事業会社への権限移譲が中途半端なケースが多く、例えば水質異常などの緊急事態が起きても民間会社が独断で配水を止められないことがある。

 

④:それほどコストカットにならない。腐敗が起きやすい

例えば1500億円かけて民間から水道事業を買い戻したベルリンのように、結局のところ、最終的には多額の公的資金が投入されるケースが相次いでいる

同じくインディアナでは、民営化により水質悪化が起きたため、市側は2900万ドル(32億6000万円)の違約金を支払って、契約の解消を10年間早めてもらった。

またフランスでよくみられる長期独占移譲方式の場合、腐敗が起こらないように監視する必要があり、その分監視コストもかかる。

これらにより、結局のところ当初想定していたよりはコストダウンにならないことが多い

 

 

参考文献

自治体国際協会「米国における水道事業の概要」2006年

コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー・トランスナショナル研究所 『世界の“水道民営化”の実態―新たな公共水道をめざして』 作品社、2007年

モード・バーロウ 『ウォーター・ビジネス』作品社、2008年

満渕真弓『水道事業の民営化に関する研究:需要・供給構造の経済学的分析』、神戸大学学位論文、2010年

吉村和就『世界の民営化235事業が再公営化に』「下水道情報」2018年4月号

PSIRU「世界的趨勢になった水道事業の再公営化 2014年の時点で180件 2000年の時点で3件」