若者が結婚できなくなった理由と、(自分のような)コミュ障のゆくえ

社会
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若者が結婚できなくなった理由と、(自分のような)コミュ障のゆくえ

 

敗北感

自分のような独身の人間が、年を重ねると抱えるようになるのが「ひとり身のむなしさ・悲しさ」「孤独死への恐怖」といったことなのは言うまでもない。

とりわけ年末年始のこの時期は、スーパーに行けば家族連れでにぎわっている。幸せそうな表情を浮かべ家族との会話にいそしむ人びとを横目にし、無表情で買い物を済ませ、敗北感と寂寥感に包まれながら家路へと赴くことが多い。

なぜこのようになってしまったのか。答えを求めて開いたのが、今回紹介する山田昌弘『結婚の社会学』である。

 

世界にもまれな、昭和期における日本の結婚率の高さはどのようにして生まれたのか

人びとが結婚しなくなっている・できなくなっているというのは実感として持つわけだけど、データはさらにその感覚を補強してくれる。

例えば厚生労働省の「人口動態統計」によれば、世の婚姻率が低下する一方で未婚率は上昇していることが見て取れる。

図1.婚姻件数及び婚姻率の年次推移

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 図2.年齢別未婚率の推移(男性)

図3.年齢別未婚率の推移(女性)

 

男女での結婚がもたらす意味のちがい

この『結婚の社会学』においては、日本人の誰もが結婚できた「昭和の結婚」の特徴が、次のように説明されている。

◆これまでの日本における結婚とは…

男性にとっては「イベント」、 女性にとっては「生まれ変わり」

であった。これはどういうことだろうか。

山田によれば、これまでの結婚においては同じ日本人でも男女間で結婚がもたらす意味が大きく異なっていた。

すなわち日本人男性にとって、結婚が人生の通過点「イベント」であるのに対し、日本人女性にとっては「生まれ変わり」、すなわち階級上昇(お金持ち化)を意味する

女性にとって結婚とは貧しい生活から脱出し、シンデレラになることを意味するものなのだった。これまでの日本においては。

このような性別間で結婚に対する差異が生まれたのには、社会的背景がある。

1898年に制定された明治民法においては、戸主である「家長」に統率権が与えられ、「女より男」という序列が付与される。すなわち、家の主である男性家長が圧倒的にエラいことになる「家制度」が出来上がった。

これにより、 妻の経済的自立と自由が奪われる。夫は外の世界で仕事、妻は家庭で家事・育児という夫婦役割分担制ができあがることになる。

そう少し前までの日本社会においては、女性が働いて自立するということは、経済的にも社会的にもかなり難しいことだったのだ。なにしろ職場における男女の差別を禁止する男女雇用機会均等法の成立は、昭和の終わり間近な1985年のことだ。

だから女性にとって結婚とは、生きるための就職と同等のものであり、否が応にでも結婚せざるを得なくなる。

これが、世界でもまれに見る日本の結婚率の高さを形成したのだった。

なお、世界的に見ても日本の男女賃金格差は今でも大きい。一般的に、日本・中国・韓国のような儒教社会ならびにイスラム社会においては、女性の賃金は男性に比べ著しく低いのが実情だ。

・NPO”movehub.com”作成による、「男女の賃金格差」

(数値が高いほど賃金格差が大きいことを示す。なお中東地域・アフリカ地域は作成されていない)

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日本の結婚制度を取り巻く環境の変化

そんな日本の結婚制度を取り巻く環境に、変化が訪れる。

まずは90年代から生じることになる男性の収入低下だ。先ほども確認したように、女性にとって結婚とは就職や貧困からの脱出と同じ意味を持っていたのだから、男性側の収入が下がれば、もちろん女性が結婚するメリットはなくなる。

男女雇用機会均等法が象徴するように、女性側にしてもある程度の社会進出が進んだのだから、結婚のメリットは確実に減じることになる。もちろん先述のように、日本においてはまだまだ男女の賃金格差は大きいのだけれど。

ほかにも結婚率の低下を招くようなことは次々と起きている。

「家事労働に賃金を!」と訴えたのは活動家のマリアローザ・ダラ・コスタだけど、これは『通常専業主婦が家事として無料で行っている料理・炊事・洗濯・育児といった活動は、市場においては有料で提供されているのだから、それならば家事活動に対して賃金を払え』というものだ。

これをひねくれて解釈すれば、「これまで専業主婦が行っていた家事等は、資本主義の下、お金を払えばサービスとして手に入るようになった」ということを意味する。ただ限度はあるが。

とはいえこれならば、男性側にとっても結婚するメリットがなくなる。

加えて、今やさまざまな家電の発達により、家事の苦労が確実に減ったのも大きい

本来、家事とは多大な苦痛を伴う大変な仕事なのだ。

事実、公衆衛生学者のハンス・ロスリングは、産業革命における最も偉大な発明として人びとを選択の労苦から解放した「洗濯機」をあげる。ロスリングによれば、今なお世界50億人は洗濯機が使えない環境にあり、衣類を洗うために毎週何時間もの時間を費やしているという。

www.ted.com

 

結婚率の低下がもたらすものと、(自分のような)コミュ障のゆくえ

さて、結婚率の低下は何をもたらすのだろう。

中国やインドを見ていればわかるように、経済成長の源として人口増(労働力投下)の存在は大きいから、経済など全体最適の点から考えれば、結婚率の低下が実によろしくないのは明白だ。

実際、1990年代以後の日本の経済成長率低下においては、労働力の減少の存在が大きい

・要因分析からみる、日本の経済成長率の年次推移

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出典:Kensuke Miyazawa ”Capital in Japan” RIETI Discussion Paper Series 11-E-037. March 2011

 

・関連(外部サイトに飛びます。書いた人は同じ)

socius101.com

だけど結婚= 就職といった状況において、望まれない不幸な結婚も多々あった事は容易に想像がつくから、昔のような状況に戻せと軽々しくは言えない。

実際、ある程度年配の人に聞けば、そのような時代がもたらした悲しい結婚の話は数多く聞くことができるし、そのようなことが題材になった小説や映画など文芸作品は数知れない。

もちろん、多くの幸せな結婚生活があったことも言うまでもない。

いずれにしろ、自分のようなコミュ障にとって、現代とは実に大変な時代といえそうだ。

これまでの、「誰もが結婚できた時代」というのが、むしろ異常だったのだ。

「恋愛資本主義*1」なんて言葉があったけれど、まさに現代において結婚するためには、資本主義のリヴァイアサンの下、ひしめく数多のライバルとの配偶者獲得競争に立ち向かっていかなくてはならない。

生まれたときから敗北は決まっていた。

 

 

*1:ここでの用い方は評論家・本田透が用いた本来の語法とは異なる

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