『バイオハザード 7』はなぜ、米ルイジアナ州が舞台なのか。南部ゴシック、「アメリカの理想と現実」の不協和音

ゲームコラム
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『バイオハザード 7』はなぜ、米ルイジアナ州が舞台なのか。南部ゴシック、「アメリカの理想と現実」の不協和音

 

気になるインタビュー

カプコンの人気アドベンチャーゲーム「バイオハザード7」。最近ではNintendo Switch版が、クラウドゲームとしてリリースされたのも記憶に新しい。

本作の舞台はアメリカ・ルイジアナ州。ルイジアナ州を舞台にしたことに際し、カプコンのアートディレクター・津田 壽彦氏は次のように語る。

ルイジアナに舞台設定をしたのは、南部ゴシック映画なところがゲームのコンセプトとあっているかなということろがあったので。そういう調査から始まって、(…中略)実際に調査に行きました。

ルイジアナのような田舎の、閉鎖的な空間や雰囲気が(作品世界に)合っていると思っているので…

出典:Making of『BIOHAZARD 7』#2:「Welcome to the Family」

 

・Making of『BIOHAZARD 7』#2:「Welcome to the Family」

Making of『BIOHAZARD 7』#2:「Welcome to the Family」

 

ここで気になるのが「南部ゴシック」なるフレーズ。聞きなれない言葉だが、いったい何なのだろう。「田舎のジメっとした感じ」とあるが、どういうことなのだろうか。

この文章では「南部ゴシック」ないし、「なぜ南部がホラーの舞台として選ばれるのか」「アメリカ文学の特徴」ということ、そしてその原点である「ゴシック」や「アメリカンゴシック」を考えていきたい。

 

「ゴシック」なるもの。野蛮から再評価と「悪魔城ドラキュラ」「バイオハザード1」

そもそも「南部ゴシック」以前に、イギリスとドイツを発祥として生まれた「ゴシック小説」というものがある。これは18世紀後半から19世紀初頭にかけて生まれたものであり、城や廃墟、墓場など陰鬱で薄気味の悪い舞台を訪れた主人公が、幽霊や吸血鬼など超自然的なもの、または謎めいてぞっとするような不可思議なものに出くわし苦しむ様を描いたものとなっている。舞台もろとも主人公が崩壊していく様を描いた作品も多い。

代表作品としては、M.シェリーの『フランケンシュタイン』 (1818) 、ロバート・ルイス・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』(1886年)、ガストン・ルルー『オペラ座の怪人』(1911年)といったものがあげられる。そのグロテスクさや耽美的な美しさが映像的にも映えるから、文学だけでなく、舞台や映画、最近ではゲームに影響を与えるところが大きく、日本でも良く知られている。

ゲーム方面ではコナミの「悪魔城ドラキュラ」シリーズがお馴染みだ。とはいえ洋館(スペンサー邸)が舞台だった『バイオハザード 1』など、これまでの「バイオ」シリーズもおおむね、ゴシック文学のセオリーに沿っていたといえる。

【悪魔城ドラキュラ】

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「ゴシック」とは元々、4世紀にロ-マ帝国に侵入しヨーロッパ南部に王国を築き上げた「ゴート族」を示す言葉。ロ―マの人からすれば、ゴート族とは自分たちの平和な国にある日いきなり現れ、侵略と略奪を行なった恐ろしいかつ憎らしい人たちであるわけで、「ゴシック」という言葉には転じて「野蛮な」とか「異様な」という侮蔑的な言葉が含まれる

この「野蛮」「異様な」というイメージが、理解するのにとても重要

成立はもとより、その後の歴史においても基本的に蔑みの言葉であった「ゴシック」。しかし18世紀から19世紀にかけて、この概念の再評価が行われるようになる。

これは科学文明が発展する中、啓蒙と合理化志向が幅を利かせ、どんどん非合理なものが世の中から捨てられるようになった社会に対して、人びとが窮屈さや生きづらさを感じ、ゴシックの「異様さ」「野蛮さ」が、むしろポジティブに、「優雅」や「幻想的」といった趣きでとらえられるようになったことによる

【「ゴシック」の例(建築;ミラノ大聖堂)】

ここら辺り、同時期に生まれ「感情」「情緒」「想像力」といったものが強調されたロマン主義文学と似ている。ポリティカルコレクトネスに疲れて野蛮そのものなトランプが大統領に選ばれる、みたいな現代の話も、遠からず近からずといったところがあるかもしれない。

現在では、ゴシックは文学のみならなず、さまざまな分野に進出している。天に伸びるのかと思うほど伸びる尖塔と頂点が尖るアーチ状の窓が特徴的な「ゴシック建築」や、ロリータと結びついて生まれた日本独自の文化「ゴスロリ」もおなじみ。

【ゴスロリ服】

 

ゴシックがアメリカと結びついて誕生した「アメリカンゴシック」と「南部ゴシック」

ヨーロッパで生まれたゴシック文学がその後、アメリカに入り、アメリカならではの特殊性や土着性と結びついて新たな化学反応を起こしたのが、「アメリカンゴシック」ないし「南部ゴシック」である。

ここにおいても、物語の主人公たちは、不気味な出来事や不可解で奇々怪々な出来事に遭遇する。悲劇的な結末を迎えることも多い。

だが元のゴシック文学より社会性が強く、現実社会との接点が多いのがその特徴だ。アメリカ社会の理想と現実の狭間からこぼれ落ちた、一片の矛盾が描かれている。テーマは家族や人種、移民、性、貧困、先住民虐殺など、アメリカの苦しい現実とつながるものなど。話中においては、抑圧された下層階級の人々が度々登場する。

 

・アメリカ文化の特徴

開拓地であるアメリカ。厳しい自然のそびえる大地をゼロから発展させるのは、よほど大変だったのか、アメリカ文化では文学でも映画でも、現実社会の厳しさ・過酷さが描かれることが多い。ここらあたり、現実逃避的にプロットが描かれる日本とはだいぶ事情が異なる。

わかりやすい作品としては、アラバマ州を舞台にした映画『アラバマ物語(1962年公開)』があげられる。

【アラバマ物語】

To Kill a Mockingbird Official Trailer #1 – Gregory Peck Movie (1962) HD

この作品では序盤、アメリカ南部の美しい自然と田舎の人ならではの、大らかで純粋な精神性やアメリカの良心なるものが優美さをまとって描かれる一方で、話が次第に黒人差別や貧困家庭における虐待などをテーマにする苛烈なものとなり、最終的にはギリシャ神話のような通過儀礼が展開され物語が終わる。

幻想的な理想と現実の過酷さの二律背反、その美しさと恐怖の混在のアンビバレンツな物語の構造は、正にアメリカンゴシック的ないし南部ゴシック的だった。

ほかにチャールズ・ブロッデン・ブラウン『エドガー・ハントリー』ではネイティブ・アメリカンの恐怖とその裏返しの先住民虐殺が、ジョニー・デップ主演で映画化もされたスリーピー・ホロウでは抑圧される女性の姿が描かれた。2010年の映画『ウインターズ・ボーン』は、貧しいスコットランド移民たちの話となっている。

最近では2017年に話題となったホラー映画『ゲット・アウト』について、監督のジョーダン・ピールは、アメリカ白人、特にリベラル層の無意識のうちにある黒人への差別意識を描いたとしている。

 

・ヨーロッパ流ゴシックとアメリカンゴシックの違い

ヨーロッパで「美しさ」や「幻想」さが主張されていたゴシックは、アメリカに入って、「現実の厳しさ」「現実の矛盾」と融合し、独自の緊張感を持ったホラーとなった。

とかく幻想的で耽美的なゴシック世界と現実社会の過酷さがないまぜになる。そんな「んっ?」とした違和感が、アメリカンゴシックの魅力だ。

 

南部へのトラウマと、ルイジアナなど「深南部(ディープ・サウス)」

・南部へのトラウマ

アメリカンゴシックでは概して、バイオ7でのルイジアナ州のような「アメリカ南部地域」が舞台となることが多い。だから「南部ゴシック」とも呼ばれる。

これはアメリカ主流の北部の人間にとって、南部が未だ恐怖の対象にあることが大きい。

南北戦争はアメリカのトラウマだ。

国が南部と北部の2つに分かれて戦ったこの戦争では、本格的な武器が使用される一方で、医療がまだ発達していなかった時代の戦争であるために、アメリカが経験した戦争の中では最も戦死者が多い。

 

・アメリカ兵士の戦死者

南北戦争:62万人

第2次世界大戦:29万人

第1次世界大戦:11万7000人

ヴェトナム戦争:5.8万人

朝鮮戦争:5.4万人

独立戦争:1.2万人

 

アメリカ主流の北部の人間にとっては、「南部の人たち」とは、自分たちが大量に殺した相手として、負い目やら憎しみめいた感情やら、元より複雑な感情がある。

 

・ディープ・サウスが舞台に選ばれる理由

そして南部ゴシックでは、特に「深南部(ディープサウス)」と呼ばれる地域が舞台として選ばれることが多い。

ディープサウスとは、ジョージア・アラバマ・ミシシッピ・ルイジアナ・サウスカロライナの各州のこと。いまだ黒人差別や有色人種差別が堂々と行われる頑迷固陋な社会性、経済発展が未だ遅れ「プアホワイト」「レッドネック」などと称される貧しい人が多数存在する経済的な劣位性など、南部の特徴を凝縮したような地域なので、このような名称となっている。

 

【深紅色がディープ・サウス(西から順にルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、ジョージア、サウスカロライナの各州)。テキサスなど薄紅色の州を含めることも】

 

元より、北部の人間が抱える「南部への複雑な感情」、そこにこの地域の後進的な社会的・文化的・経済的事情が加わわって、ディープサウスを舞台にすると、アメリカンゴシックの形式を描きやすい。先ほどの『アラバマ物語』のアラバマ州も、バイオハザード7(や、バイオ7が意識したであろう映画『悪魔のいけにえ』が舞台とする)のルイジアナ州も、やはりディープサウスである。

 

「ベイカー家の人びとの扱い」から見える、バイオ7と南部ゴシックの違い

『バイオハザード 7』で主人公を襲う「ベイカー一家」の人びと。常軌を逸した彼らの様子には面食らうが、しかし作中の設定によれば、これはウイルスに感染したことが原因であり、元々はまともな人だったらしい。

追加DLC「Banned Footage Vol.2  DAUGHTERS」にて、感染前のベイカー家の様子が確認できることは、ユーザーならお馴染みのこと。

 

この「元々はまともな人だった」という設定は、通常の南部ゴシックとはちょっと異なる。

例えば、わかりやすく映画『悪魔のいけにえ』をあげても、主人公たちを襲う殺人家族は、元からイカれた存在となっている。

この「北部に住む都会の人間が、南部に来て現地のおかしな住民にひどい目に遭うという構図は、アメリカンゴシックの典型だ。ほかの代表的な南部ゴシック『イージー・ライダー』『脱出』にしても、それは同じ。

元々、北部の人間の「南部への恐怖心」「酷いことをしたあいつらに、いつか仕返しをされるんじゃないか」といった感情が南部ゴシック誕生の背景にあるのだから、これら作品(南部ゴシック)における「主人公を恐怖に陥れる人物たち」は、大抵意味不明で、かつ同情の余地もないような存在に描かれていることが多い。

 

 

・参考文献

Making of『BIOHAZARD 7』#2:「Welcome to the Family」 株式会社カプコン

Samuel Walker(2011) , Cassia Spohn , Miriam DeLone ”The Color of Justice: Race, Ethnicity, and Crime in America” Wadsworth Pub Co

賀茂美則 『アメリカを愛した少年―「服部剛丈君射殺事件」裁判』 講談社、1993年

 

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