安倍首相の「裁量労働制や高プロは労働時間が短くなる」は本当か。実証結果

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裁量労働制や高プロで労働時間は減少しない:実証結果

 

成立した「高度プロフェッショナル制度」

参議院本会議において、働き方改革関連法案(働き方改革を推進するための関連法律の整備に関する法律案)が可決、成立しました。この法案においては「高度プロフェッショナル制度」という、労働基準法上の労働時間規制を適用しない制度が盛り込まれたことは良く知られたところ。

 

この制度について、かねてから安倍首相は似た制度である「裁量労働制」と合わせ、「労働時間が短くなる」ことを強調しています。例えば日刊ゲンダイの報道によれば次の通り。

 

「裁量労働制で働く方の労働時間は、一般労働者よりも短い」

先月29日の衆院予算委で、こう強弁した安倍首相。目玉政策として「働き方改革」を掲げ、なにがなんでも「裁量労働制」を拡大させるつもりらしい(以下略)

出典:日刊ゲンダイ 2018年2月10日

 

さて安倍首相がここで話す「裁量労働制で働く方の労働時間は、一般労働者よりも短い」

これは果たして本当のことなんでしょうか。

 

直感的には「むしろ労働時間が伸びるのではないか(例:定額働かせ放題)」という気がしますが、しかし社会事象というのはいわば(昔流行った言葉の)複雑系。

さまざまな要素が絡み合い、何が起こるかわからないのがこの事象の特徴ですから、より誠実で真摯な結論を得るためには統計解析結果から判断することが必須。勘に頼っての安易な判断は下せません。

 

参考:高プロ制度と裁量労働制の違い

高プロ制度 裁量労働制
対象者 高度な専門的知識を必要とする、時間と成果の関連が通常高くない業務の働き手(金融商品の開発業務、金融ディーラー、アナリストなど) 労働時間と成果の関連が薄い働き手
対象者の年収 平均年収の3倍程度。年収1,075万円程度以上 条件なし
労働時間規制 外れる 外れない
残業代 なし あり

 

実証研究は語る

上智大学の長谷部氏らは、裁量労働制の経済効果を定量的に評価した実証研究を行いました

具体的には労働市場を、

「労働者の属性(スキル、選好)」

「仕事の属性(職種、労働時間、賃金)」

の非明示的なマッチング市場と捉えるRosenのモデルを応用しました。

 

このモデルに従えば、生産性に応じて労働時間が決定される、すなわち理論上、必ずしも裁量労働制など「柔軟な働き方を可能とする制度」は労働時間の減少をもたらさないことになります

さて実証結果は次の通りとなりました。

(割増賃金なし、時間管理なし)と
(割増賃金なし、時間管理あり)の差
全体
週当たり労働時間 -0.2348
時間当たり賃金 -0.0587
大企業
週当たり労働時間 -0.4062
時間当たり賃金 -0.0892 *
都市部
週当たり労働時間 0.5100
時間当たり賃金 -0.1317 ***

注: *は10%水準で、**は5%水準で、***は1%水準で統計的に有意であることを示す。

 

結論:裁量労働制に労働時間の減少は認められない

上の研究結果を見るに、裁量労働制の結論としては次のことが言えそうです。

①:裁量労働制においては、労働時間に統計的有意差はなく、労働時間の減少は認められない

②:一方で時間当たりの賃金、賃金率はわずかに有意に減少している

これらは理論による予測と整合するものとなっていますが、いずれにしろ安倍首相の言う「裁量労働制で働く方の労働時間は、一般労働者よりも短い」というのは無理がありそうです。

 

参考文献

日刊ゲンダイ 2018年2月10日「安倍首相のウソ露呈 裁量労働で「労働時間短縮」根拠ナシ」

長谷部 拓也 、小西 祥文、慎 公珠、馬奈木 俊介「裁量労働制の経済効果に関する実証研究」産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人工知能等が経済に与える影響研究」プロジェクト