【映画評】トレインスポッティング:スコットランドの若者のポップさと苦しみとRadiohead
若者のポップ感と苦しみ
あらすじ
マーク・レントンと仲間たちは、いつもハイになってるか、ドラッグを買うため盗みをしているかだ。
アル中で喧嘩が趣味のベグビー。女たらしで”007オタク”のシック・ボーイ。気のいい小心者のスパッド。
そして、なんでもOKの女子中学生ダイアン。そんな彼らの友情もやがて崩壊の運命をたどる。圧倒的な絶望感の中、人生を変える賭けに出るレントン。彼はどんな未来を選ぶのか。
この映画が公開されたのは1996年。
イギー・ポップの音楽に乗せて、レントンたちが街を駆け回るシーンから始まるこの映画は、全編を通して、若者らしい快活さと陽気さ、明朗さが画面から溢れている。
そのポップさは時としてオーバーに表現されることもあり、例えば前面鏡面張りのロッカーケースが登場するなど、若者特有のキラキラ感を表現するため随所に面白い表現が見られる。
しかしながら、作中はどことなく歪な陰影も見え隠れする。それは何だろうか。
そもそも、学生でもないレントンたちが日々バカ騒ぎをやっているのは、仕事が無く、ほかにやることがないから。
その原因は90年代前半イギリスの経済不況だ。この当時、スコットランド地方の失業率は9~10%ほどあり、若者に至っては20%を超えていた。
町山智浩氏によれば、この作品はもともとスコットランドの若者の苦境を捉えたドキュメンタリ―として話が進んでいたらしい※1。
しかしながら、ただ重苦しいドキュメンタリーとしてプロダクトアウトするのではなく、ポップな映像を時折交ぜることで映画全体にアンビバレンツな不安定感を生み出し、結果ほかのありきたりな作品と一線を画すことに成功している。料理で例えれば、甘さを引き立てるために塩をわざと入れるみたいな、そんな感じである。
それにしても80年代から始まるニューエコノミーへの産業構造の転換、ないし時のサッチャー保守党政権の労働組合弾圧などが重なり、ロンドンなど英国中央都市が活況を迎える一方で、炭鉱や造船の地域として栄えていたスコットランドや、その主要都市グラスゴーなど地方都市の経済状況は、もはや壊滅的といえる状況にあった。
日本で言えば、沖縄のような政治的にも経済的にも不安定な立ち位置にあるスコットランド。そんな世界の下、日々何もすることがない主人公は、仲間達とドラッグや憂さ晴らしの犯罪行為、フリーsexしかやることがない。
Radioheadと英国病
この当時のイギリスの空気を巧みに表現したものとしては、同国のバンド、Radioheadが97年にリリースしたアルバム『Ok Computer』があげられる。
「90年代の英国病を巧みに表現した」などとして批評家たちから絶賛されたこのアルバム、その中の1曲『No Surprises』においては、鉄琴(グロッケンシュピール)を主体にした爽やかな編曲にあわせて希死念慮をつづった詞が歌われる。その手法にはトレインスポッティングとの共通点が見て取れる。
・Radiohead-No Suprises
人生に何を望む?
人生に何を望む?
出世・家族・大型テレビ・洗濯機・車・CDプレイヤー・健康・低コレステロール・保険・固定金利の住宅ローン・マイホーム・友達・ローンで買う高級のスーツ・単なる暇つぶしの日曜大工・くだらないクイズ番組・ジャンクフード・腐った体をさらすだけのみじめな老後。
それが豊かな人生。
退屈で凡庸な「普通の人生」を憎みながら、それすらできない自身を恥じ憧憬のまなざしすら向けていた主人公レントン。
彼は物語終盤、仲間たちを裏切ることで「普通の人生」にきっかけをつかむ。しかし現実のスコットランドの若者たちにはハッピーストーリーは舞い込んでこなかった。
現実世界において、トニー・ブレア率いる労働党が政権を奪還したのが1997年。そしていわゆる「第3の道」政策により、イギリスの経済は好転し、若者の雇用も改善したのだが、それはスコットランドの苦境を変えるまでには至らなかった。
スコットランドの失業率は低下してはいるものの、いまだ高く、若者に至っては15%近くある。
暗転したままの現状を変えようとの意識が結果として、昨今のスコットランド独立騒動や英国EU脱退につながっていったのは、言うまでもない。
参考文献
1:町山智浩の映画塾!「トレインスポッティング[R指定]」<復習編> 【WOWOW】#53
Statista ”Youth unemployment rate in Scotland from 2012/2013 to 2015/2016”
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